とにかく、スピード!スピード!スピード!

事業部長コラム

みなさん、こんにちは。

KCCSでSigfoxを担当しております、LPWAソリューション事業部長の松木です。

Sigfoxを担当して以来、海外の方々とのお付き合いが頻繁になっています。

その中で思うことは、もしも、日本にもっと「スピード」があったらもっとパフォーマンスがあがるのに、ということです。

品質や機能や正確さでは絶対に負けないのに、それが発揮される「機会」を失う。

とにかく、遅い、日本は、ホントに…

国内だけで仕事していたら感じないかかもしれないのですが、海外の、それもベンチャー企業と付き合っているとこのことを強く思います。

なぜ、日本はさまざまなことがスローなのか。

日本にスピードがでないのは、決して個々人の仕事がトロいわけではありません。

むしろ、世界一ではないか、と思うほど早い。

では、なぜ日本ではスピードがでないのか。

いろいろ原因はあると思います。

しかし、私が思うには、考え方の根本的なところで、社会というのか、仕事というのか、それらに対する認識が違うのではないか、と想像しています。

では、どう認識が違うのか。

それは、日本では、

世の中に「正解」がすでに存在する、

という立場なのに対して、

「正解」は存在しないので自ら創る、

という違いであるように私は思います。

これは、ものごとを現実以上に単純化した見方ではあります。

しかし、いくばくかの本質をとらえているのではないか、と私は考えています。

「正解」がすでに存在している、という前提に立つと、その正解探しに時間をかけてしまいます。

なぜなら、うまくいかなかった時に、正解を見つけられなかったことに対して責任を問われるからです。

ところが、ビジネスの世界に正解などあるはずがない、特にIoTのような未知のパラダイムにおいては。

すると、どうするか。

正解探しに、組織全体を巻き込んでいく。

正解を探すというプロセスに全員を巻き込んでいって、いざ、うまくいかなかったときに自分だけが責任をとらなくてもいいように、責任をフラグメンテーション化していく。

そうすると、たとえ失敗しても、「あの時のあの判断はしょうがなかったよね」って合意形成ができているので、だれも責任を問われない。

ところが、その合意形成に時間がかかって、スピードがでない。

いかがでしょうか。

以上は、現実以上に状況を悲観的に書いていると思います。

しかし、たとえ失敗しても、その挑戦が正解ではなかったということを証明した、つまりは、正解に近づく貢献をした、ということが価値として受け止められる文化と比較すると、いかんせん、スピードに大きな差が生まれるのは致し方ありません。

このことに、私たちはいい加減に気づくべきではないだろうか、と思います。